「ビジネス人」の思考を休める「野生の人間感覚」とは?

みなさん、こんにちは。

人文学研究振興会、椎名です。

今週のコラムをお届けいたします。

今日のテーマは

「ビジネス人」の思考を休める「野生の人間感覚」とは?

です。

その昔「24時間戦えますか?」という言葉が流行った時代もありましたが、時代は変わるもので、今ではすっかり「休むこともまた仕事」という文化が、ようやく認められつつあるなと感じています。

「レジリエンス」という言葉が、市民権を得られるような状況ですから、やはり疲れは深刻なものなのだろうと思っています。

それと同時に、「レジリエンス」が海外から入ってきた時に、日本にもまたそういう考えや文化が元々備わっていたからこそ、そうした言葉が受け入れることができたと見ています。

今日はそんな、「日曜日の芸術欄」的な、お休みのお話です。

ショートスリーパーがうらやましがられた陰で、実は慢性的な不眠だった経営者というのは、割と多い印象を受けますが、

身体的な疲労に加えて、目に見えにくい勤続疲労は、実は精神的な疲労にあるのではないかと見ています。

いくら「休むこともまた仕事」とはいっても、従業員のそれとは異なり、休むこともまた「仕事」になってしまっている時点で、実際にはしっかり休めていないことがよくわかるという構図です。

こうした背景はもちろん、マーケットが休みということもありますし、日曜日は在宅率が高いことを想定しているからか、各誌「芸術欄」を充実させています。

問題は、その活用方法です。

筋肉や運動神経もそうなのですが、「休ませ方」を誤ると使えなくなってしまうからです。

個人的に見ているのは、慢性的な不眠状態を週末に解消したあとに、慢性的な運動不足を解消しないと、慢性的な精神疲労は解消されないのではないか、という仮説です。

そして、慢性的な運動不足以上に懸念しているのは、慢性的な「野生の人間感覚」の不足です。

慢性的な時間不足になりがちな、会社のトップである経営者に限った話ではないのですが、

よく寝て睡眠不足をある程度解消したあとに、タクシーや車でフィットネスクラブに行って、屋内マシンで解消して、また車やタクシーで帰ってくるみたいなことがよくあるそうです。

しかも、天気がいい日なのにです。何かおかしいことはないでしょうか。

事業やビジネスは「結果思考」で良いのですが、「結果」というものは「過程」がなければ生まれません。

結果だけが自動販売機みたいに、ボタンを押せば出てくるみたいな話は、存在しないわけです。

(もしそういう話があったら、向こうからそれくらいの話が紹介で来る資産家か、ただの詐欺です。)

天気が良い地域で、もし可能であれば、縁側やベランダで太陽光を浴びたり、普段は車や電車で行っているところを歩いてみたり、

ご自身の状況に合わせてとはなりますが、それぞれの方法で「野生の人間感覚」疲労を、回復させていただけたらと思っています。

いつも本稿を当日・日曜日にお読みいただいている方には恐縮ですが、

デジタルな「結果思考」は明日までお休みにして、「野生の人間感覚」を回復させる、そんな一日となればと幸いです。

最後まで、お読みいただきまして、ありがとうございました。

本日もゆっくりお過ごしください。

人文学研究振興会

椎名