TVアニメ『日本三國』と「ローカル営業」

執筆者:

カテゴリ:

※『日本三國』の「國」が使用フォントでは出力されなかったため、ひらがなにしております。

みなさん、こんにちは。

人文学研究振興会、椎名です。

今週のコラムをお届けいたします。

今日のテーマは

TVアニメ『日本三國』と「ローカル営業」

です。

もはや、「ローカル営業、全く関係がないのでは?」と思われるかもしれませんが、「まったく関係ない」ということがまったく以って関係するという感じです。

TVアニメ『日本三國』の内容については、アニメと原作漫画をお読みいただきたいのですが、本稿を「一見するとただのアニメ考察」ととらえるか「単なる趣味の延長」ととらえるか。

お読みになっていただいている方の「今」によって、だいぶ変わってくるかと思います。

特に、ビジネス領域で経営者本人や経営幹部ほか、経営に近い人ほど刺さるのではないかと思っていますし、サラリーマンであったとしても、いかに視座・視点を磨くことが大切なのかがわかるストーリーです。

兵法や史記をはじめとした中国古典はもちろんのこと、あらゆる戦略論をもとに構成をしていて、とても興味深いです。

加えて、時間軸としては未来の時代に置きながら、歴史や哲学、戦争思想などを中心に過去の史実を参照したストーリーが、その世界観の重心をより強固なものにしているものと見ています。

何より、日本三國の設定としては三国志も大きく関わっているかと思いますが、主人公をはじめとした登場人物のやり取りが、極めて禅的で詩歌的であるところを強く感じます。

このあたりが一見すると、割とよくある設定に見えて、実はオリジナル性も高く、物語に引き込まれる理由なのではないかと考えています。

実際、禅にしても詩歌にしても、ある対象に対して、それそのものを直接的に表現するということはまずありません。

ある事象に対して、婉曲的な比喩や暗示を持たせた言葉を贈り、言葉を受けた相手は、その意思を汲んだ気持ちを、相手と同じように婉曲的な比喩や例示によって、表現・返答するものだからです。

一見すると中国古典をベースとしているように見えて、やり取りが禅的で平安文学なのですから、違和感が感嘆と驚きにつながるのも頷けます。

そして、これは「ローカル営業」に限った話ではないですが、商品やサービス、企画本体は本題なので大切ですが、それを強力に補完するのは、こうした知識や教養を超えた「その方にしかない視点や視座」に他なりません。

特に現代においては、基本的に「見ている事象」はみんなほぼ同じです。

新しい商品やサービスはあるにしても、新しい事象とか対象とか、そういうものは基本的にはほぼありません。

そして、その事象に対して、それを単なる既知ととらえるか、その既知に対して新たな解釈を加えて、世に新しい価値観を送り出すか。

映像やイラストで表現されているところ以上に、描かれていないであろう抽象的な心理戦や相手の出方の読み合い。

目線の流れやちょっとした表情の機微などの細かな描写と、そこに対するモノローグと、それに対となる「私的言語」(言葉で表現されてはいないが、考えている段階の言葉の表象)。

この場合、私的言語はモノローグによって表現されていると見る場合もありますが、個人的な見方としては、モノローグとして表現しうる「私的言語」もあれば、心のうちのみぞ語る「私的言語」もあるのではないかと考えています。

ちなみに、細かなことですが、前者のそれと後者のそれとでは、同音同義ではありません。

これだけで、2時間の講義になってしまいそうなので、今回はこれくらいにしておこうと思いますが、それくらい深い洞察と奥行きのある世界観である『日本三國』。

「ローカル営業」だからこそ活きる商品・サービス以上の「自分にしかない唯一無二の視座」や、「たとえ既知である事象であったとしても新たな価値を創り出すユニークな視点」。

以上、感想からの考察でした。

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

本日もゆっくりお過ごしください。

人文学研究振興会

椎名