「時間配分」と「ローカル営業」

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みなさん、おはようございます。

人文学研究振興会、椎名です。

今週のコラムをお届けいたします。

今日のテーマは

「時間配分」と「ローカル営業」

です。

最近よく言っていただくのは、「なぜ、そんなにいろいろなことを進めることができるのか?」ということです。

主たる業務として、人文学研究振興、提言・研究業務をするかたわら、

・知り合いの著者が出版した際には、小論文かのような1万字の感想書簡を出版社に送って、出版社編集部と著者から直接、ご返信やお手紙を賜ったり、

・ある大手の幹部に対し、先方の決算における書簡と展望と具体的施策案をお届けし、ブレストしたり、

・里山保全活動の一環で、田んぼのひと区画の様子を見ながら、手分けして里山の手入れもしているので、草刈りしたり枝打ちしたり。

イメージとしては、拘束13〜14時間 / 日でありながら、こうした活動にも取り組んでいるという感じです。

都市部の食住接近、何なら、職住一体の事業者や経営者の方から見れば不思議かもしれませんが、問題は手取りとなる「可処分時間」の問題です。

言い換えれば、どれだけ使える時間の総量があったとしても、実際に使えなければ意味がありません。

珍しく週一ごとに追うことができた、TVアニメ「日本三國」でも「真に畏れるべきは死に非ず、与えられた生を全うできへんことや」というセリフもありましたが、

天引きされている時間の見直しや作業の効率化以前に、「可処分時間」で一体何をやるのか?ということが求められているのではないかと考えています。

顧客である先方の皆さまも大変お忙しいので、月単位で数十分。年間でも数時間くらいのものです。

でも、その数十分、数時間だけのために、莫大な時間を割いて、基礎研究や基礎提言、基本構想をまとめ、様々な形で進言するために日々準備をしています。

「大きな案件がまとまって少し時間が空いたので、少しまとまった話でも」ということも多いからです。

少し変わったアプローチかもしれませんが、「時間配分」がテーマなのに、「配分以前に、その時間で何をするか?」に触れるのは、とても大切です。

目下の忙しさに気を取られがちな昨今ですが、「立ち止まって、大局を見ること」はそれ以上に大切です。

小学生の夏休みの作文から大学生のレポートまで、様々な形で指導させていただいたこともありますが、

ここでも「書き方」の最低限のフォーマットは守りながらも、「自分ならどう考え、それはなぜなのか?」を大切にしてもらうことを常としていました。

こんなことを言っては怒られるかもしれませんが、残念ながら、試験は人間が判定する以上、特に作文や小論文は、当たったレフェリー(論文査読)に本意がうまく伝わったかどうかが、左右されます。

でも、真に理解してもらえるその時まで「自分ならどう考え、それはなぜなのか?」を磨けば、それぞれの良さを活かしながら、社会に羽ばたいていけると確信していたので、こうした形にしていました。

このへんは、学生も社会人も事業者も経営者も変わりない、本質的な点であるようにも考えています。

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

本日もゆっくりお過ごしください。

人文学研究振興会

椎名