「非効率化」と「ローカル営業」

執筆者:

カテゴリ:

みなさん、こんにちは。

人文学研究振興会、椎名です。

今週のコラムをお届けいたします。

今日のテーマは、

「非効率な世界観づくり」と「ローカル営業」

です。

昨今の流れとして、「効率的に自動化して仕組み化」するのが流行っています。

自動販売機はもちろん、コンビニもある種の「巨大な有人自動販売機」だと考えれば、自動レジなどで販売効率を高めているにしても、販売機会損失を限りなくゼロにする「優秀な仕組み」であることに変わりありません。

ですが、当会が紹介しているのは、フランチャイズの経営権ではなく、あくまでも「ローカル営業」の個人事業やフリーランス、マイクロ法人といった、大手と比較すれば「小さな事業」のためのアイデアです。

大手の手法が科学的な合理だとすれば、「小さな事業」は、文学の「世界観」に相当します。

例えば、スーパーだとAというお店では牛乳が200円で、Bというお店では同じ牛乳が100円というように、比較可能な商品が売られています。

なので、あっちの方が安いとか、こっちのほうが質が良いとなります。(野菜とか生鮮食品は特にそうですよね。)

ですが、学校の国語や現代文でやった芥川龍之介や夏目漱石が綴った明治文学は、評価としては両者とも現代まで続いていますが、世界観はまったく異なります。

つまり、文学作品の世界観に対して、一律に漱石が85だとすると、芥川は80くらいかな、みたいなことはないわけです。

(そもそもそれって、何の数字?という話でもありますし、そもそも数字で測れるようなものは、著者の生年月日と本のページ数くらいのものでしょう。)

そして、「ローカル営業」が目指すのは、こうした「非効率な世界観づくり」に他なりません。

アーティストやデザイナーのような奇抜な格好をしたり、派手なデザインにして注目を浴びたりする必要はありません。

事実、芥川も漱石も、ちょっと格好良かったり、ちょっと風変わりだったりするだけで、別に「服装からしてアーティスト」ということはありません。

そもそも、アーティストではなく、文学者であり、当時彼らが生きていた時代には、学校の先生だったり、留学生だったり、新聞記者だったり、ライターだったりしていたわけですし。

でも、そこからにじむ「唯一無二の世界観」によって、「明らかに何かちがう!」となって、世に傑出する文学者へと登りつめたと言えます。

「世にふたつとない世界観」と創るというのは、簡単なことではありませんし、「これが私の世界観だ!」と主張されたところで、それが必要となりやすい舞台に出さなければ「ただのちょっと変わった事業」で終わってしまいます。

このへんは「世界観の出し方」と「舞台の見出し方」のバランスに関わってくるので、調整は必要です。

ですが、数字と合理の世界で大資本にチャレンジするのと、世界観を磨いて、自ら舞台を見つけていくのと、どちらがご自身の事業や仕事に向いているかどうか。

そこを丁寧に見ていくことで、どこを効率的にして、どこを非効率にし、どのような方向で進めていくか、考える材料になるものと考えています。

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

本日もゆっくりお過ごしください。

人文学研究振興会

椎名